AI時代のデザインと地方マーケティングー本質を見極める仕事論ー
NINO INC.代表・二宮敏氏とオーシャンズ・礒崎将一が語る、課題解決のアプローチ
愛媛県を拠点に活動するデザイナーとデジタルマーケター。一見すると異なる分野で活動する二人だが、その仕事への向き合い方には共通点がある。お客様の表面的な要望を鵜呑みにせず、本質的な課題解決にこだわる姿勢だ。
今回は、企業や自治体のブランディング、アートフェスティバルやまちづくりにおいて、物事の本質をリサーチし、ジャンルを超えたコミュニケーションデザインで、潜在的な魅力を可視化する活動を行っているNINO INC.代表の二宮敏氏と、デジタルマーケティングのコンサルタントとして長年案件に関わるオーシャンズ株式会社の礒崎将一が、AI時代の仕事観と地方でのマーケティングについて語り合った。

二宮 敏 氏(にのみや・さとし)/株式会社NINO 代表取締役
2013年、松山市にデザインスタジオを設立。企業や地域のブランディング、まちづくり、アートフェスティバルなど、空間・グラフィック・Webといったジャンルを超えたコミュニケーションデザインを手がける。道後温泉アートプロジェクトの中心人物として活動するほか、FC今治のコミュニケーションディレクター、アナザー・ジャパンのエリアメンターも務める。東京と松山で「食」を通じたコミュニケーションスペースのプロデュースも展開。物事の本質を見抜き、潜在的な魅力を可視化することを活動の軸とする。愛媛県西予市宇和町出身。
「それって本当に必要?」から始める課題解決のスタイル
礒崎: NINOさんのお仕事を拝見していると、ただ見た目を整えるデザインやブランドづくりだけじゃなくて、依頼内容を一度ゼロから見直して、本質的な課題解決に向かうアプローチをされている印象があります。実際には、どのように進めているのでしょうか?
二宮: 最初にやることは、率直に「それって本当に必要でしょうか?」と聞くことかもしれません(笑)。お客様にとってもドキッとする質問だと思うんですが、まずはそこから始めることが多いですね。
僕らが広告やデザインの仕事を始めた24〜25年前と比べて、世の中は大きく変わっています。テクノロジーの進化によって、生活者が“好きな情報”だけを受け取れるようになりました。つまり、「これが正解」と言い切れるものがなくなってきてるんですよね。人それぞれ好みも価値観もバラバラですから。
一方で、これまでのクライアントワークはというと、依頼した内容がそのままデザインになり、それが売れるかどうかは“運次第”だったところがありました。極端に言うと、うまくいくかどうかは、どこに頼むかという“当たり外れ”に委ねられていたのではないかと思います。
でも今は、世の中のニーズもツールも進化して、クライアント自身がデザインできちゃう時代。AIにプロンプトを入れれば、ある程度のものはできてしまう。だからこそ、「どんな問いを立てるか」「自分たちは何を伝えたいのか」を、もっと深く考えなきゃいけない。
そういう意味では、僕たちがやっているのは“デザインの前のデザイン”。お客さん自身が、自分たちのビジネスやサービスについて、ちゃんと掘り下げて考えるところから始めるお手伝いです。
礒崎: すごく共感します。僕らも最初は「広告を出したい」「ウェブサイトを直したい」という相談から入ってくるんですが、「今のまま広告費をかけても、あまり効果は期待できないかもしれませんね」という話をよくします。
そこから「そもそも御社の強みって何ですか?」「どういうお客さんに届けたいんですか?」という話に進んでいくと、意外とちゃんと答えられないことが多くて。じゃあ、まずそこから一緒に考えましょう、と。
気づいたら、最初の「広告の相談」から始まって、ビジネス全体の話になっていくんですよね。最後には「自分たち、何屋でしたっけ?」みたいな話になることも(笑)。
二宮: すごく似てますね。ていうか、ほぼ同じだと思います。
僕たちも「一緒に考えましょう」というスタンスでやっていて、最終的にできるものが“クライアントが自分たちでちゃんと考えたもの”になるようにしています。そうすると、一過性の関係じゃなくて、長くお付き合いできるんですよね。
中には、顧問のような形で「相談だけしたい」というクライアントさんもいます。まるで“社外取締役”みたいな立場でお話しすることもありますし、大手企業の新規ビジネスの立ち上げに伴走することもあります。

大手・ネット広告代理店での勤務を経て、2021年2月にオーシャンズ株式会社を設立。「人の心を動かすマーケティング」を掲げ、地方中小企業のデジタルマーケティング支援を行う。ウェブ解析士マスターおよびブランドマネージャー1級の資格を保有。共著に「1週間でGoogleアナリティクス4の基礎が学べる本」がある。アクセス解析、集客、サイト改善など企業のデジタルマーケティング全般を得意とし、特に金融業界での豊富な支援実績を持つ。愛媛県西予市出身。
地方と東京、ふたつの視点から見えるチャンス
礒崎: NINOさんは、観光など地方のお仕事にも力を入れていらっしゃる印象があります。でも一方で、東京にも拠点を持っていて、都会の案件もきちんと手がけている。
正直、ビジネスという観点だけで見ると、地方の仕事ってコストパフォーマンスがあまり良くないことも多いと思うんですが、それでも地域に根ざして活動を続けている理由やモチベーションはどこにあるのでしょう?
二宮:地方の仕事って本当にお金にはなりづらいかもしれません。
でも僕は、東京と地域の間にまだまだ大きな“意識のギャップ”があると感じていて、そこにこそ、やるべき意味があると思っているんです。
たとえば東京の人たちって、「新しいチャンスは地方にある」と考えていることが多い。理由は、“資源”と“余白”があるからです。ここで言う「余白」って、まだ手つかずの可能性があるという意味です。都会の人たちは、地方ならいろんなことができそうだと思っている。
でも、地方の人たちは逆で、いつも東京の方ばかり見てるんです。「うちには〇〇がない」とか「都会みたいにはできない」といった“足りない”視点ばかりになってしまっていて、実は自分たちの身の回りにすでにある“豊かさ”に気づけていない。
そんな両方の感覚を、僕は“真ん中”で見られる立場にある。だからこそ感じるんです。「今、本当にビジネスチャンスがあるのは地方だな」って。
これはお金儲けの話ではなくて、僕たちが目指す“社会への影響”を考えたときに、地方での活動の方がインパクトを生みやすいんです。もちろん東京の仕事も勉強になるし、必要なんですが、僕たちが本当に「これをやりたい」と思えるのは地方の現場なんですよね。
不思議なんですけど、地方の仕事をしっかりやっていると、それをキッカケに逆に東京からのオファーいただくことも多いです。

礒崎: 感覚や価値観が多様化してきた今、東京の“型にはまった”やり方が少しずつ飽きられてきていて、地域ならではの独自性や素朴さに魅力を感じる人が増えているように思います。
二宮: そうなんです。でも、地域に入ってみると、自分たちの“好きな日常”をうまく言葉にできない人も多いんです。これは東京でも同じかもしれません。
今治でまちづくりのワークショップをやったとき、最初に「好きな食べ物はなんですか?」と聞いても、出てくるのは“鯛めし”とか“焼豚玉子飯”とか、おなじみの名物がでてくることが多い。もちろん、それらも美味しいのですが、「普段から、好物として食べてます?」と聞くと、実は、一番好きなのは「隣のおばちゃんが育てたひじきで作った炊き込みごはん」とか、「常連しか知らないラーメン屋の裏メニュー」だったりする。
つまり、本当の豊かさは、日常の中にたくさんあるのに、そこに気づいていないだけ。だからその視点を少しアップデートするだけで、地域の人たち自身がものすごく揺さぶられて、動き出すんですよ。それがもう、たまらなく嬉しくて。
そして、その“震え”が東京にも伝わる。「こういうこと、自分たちもやりたい」と思ってくれる。だけど実は、地域じゃないとできないこともあるんですよね。
礒崎: たしかに、最近は東京の人たちが「地域のプロジェクトに関わりたい」と言うケースも増えてきています。そういう新しい価値観に触れたいのかもしれませんね。
二宮: 地域の人たち自身が、自分たちの言葉で地域の魅力を語り始めると、そこから一気に動きが生まれます。誰かがコントロールしようとするのではなくて、自然発生的に湧き出てくる動きが一番面白い。
たとえば昨年度伴走させていただいた、今治市の合併20周年記念事業で、市民の皆さん174人と、1年間かけて36回のワークショップを行ったんです。そのプロセスの中で「自分たちでもアクションを起こそう!」という空気が生まれ、お祭りが復活したり、町の将来計画を市民自身で描こうという動きにまでなったんです。
そういう瞬間に立ち会えるのが、本当にモチベーションになります。
…とはいえ、収益だけを見たら、まだまだ課題は多いですけどね(笑)
礒崎: うちも地域の案件は「魂案件」や「ライフワーク」と呼んでいて、ビジネス以上の意味を感じながら取り組んでいます。
自分たちが関わることで、地域の企業が元気になって、売上が伸びたり、新しい挑戦が始まったり。そういう“変化の兆し”に立ち会えるのは、本当にやりがいを感じますね。

AI時代のデザインと、人間しかできないこと
礒崎: 最近は、AIの進化がすごいですよね。コンセプト設計から画像・映像・音楽まで、もう何でもAIが作れる時代になってきました。こういう時代の中で、デザインやクリエイティブはこれからどうなっていくとお考えですか?
二宮: うちの社内でもよく言ってるんですよ。「ほら、もうデザインの仕事なくなるよ」って(笑)。でも、それって悪いことじゃないと思ってて。
今まで当たり前にやってきた“作業としてのデザイン”は、これからどんどんAIに置き換えられていく。だからこそ、もっと“本質的なこと”を考えないと、生き残れない時代になってきたなと感じてます。
ある意味で、これはデザイナーにとってすごくいい時代だと思ってます。単に“手を動かす”ことをやり続けたい人には厳しいけど、「自分は何を考えて、何をデザインするのか」という本質と向き合える人にとっては、すごく刺激的な時代です。
礒崎: 僕も同じ考えで、けっこうAI推進派なんです。もうこの流れは止まらないし、子どもたちは最初から“AIと共にある”時代を生きている。僕たちの働き方も、そろそろアップデートしないといけないですよね。
二宮: そうですよね。僕たちの世代は「AIを使う」って感覚がまだあるけど、子どもたちにとってはもう“使うもの”じゃなくて、“空気”みたいな存在なんじゃないかって思うんです。
プロンプトっていう言葉も、今は通じるけど、将来的には使われなくなる気がしてます。彼らにとっては「考えたら、それがすぐ形になる」くらいの自然さなんでしょうね。
礒崎: 僕たちはGoogleの代わりにAIを使う感覚。でも、少し下の世代はすでに“OSとして”AIを使っていて、さらに下の世代になると、AIは「相談相手」くらいの距離感になるかもしれないって話を聞いたことがあります。
二宮: そうなってくると、より大切になるのは、「その人にしかないリアルな体験」だと思うんです。
たとえば、スポーツやアートみたいに、その場所に行って、体で感じること。そういう“体感”こそ、これからの時代にすごく価値が出てくると思います。
AIはすごく優秀だけど、そこには「実際に自分がどう感じたか」はない。だから、“自分だけの一次情報”がますます大事になってくるんですよね。
礒崎: 本当にそう思います。AIに何かを作らせるにも、元になる“インプット”が必要で、そのインプットの質って、自分がリアルに体験したことがあるかどうかで全然違ってくるんですよね。
二宮: それに、もうひとつ大切なのが「共感」だと思うんです。
たとえば、FC今治の試合って、毎回5000人くらいのお客さんが集まるんですけど、みんな普段の生活や背景は全然違う。でも、共通の話題として“FC今治”があるから、そこに集まり、一喜一憂して、感情を共有する。
そういう「共感」があると、何か起きたときに、自然と助け合いが生まれるんです。実際に、今治で山林火災が起きたときも、FC今治を応援しているというつながりで、みんなが助け合っていたんですよ。
この“共感の力”って、これからのライフラインになると思ってます。AIにはまだできない、人間ならではの価値ですよね。
礒崎: その通りですね。アートでもそうですけど、写真や作品に共感することでコミュニティが生まれたり、人とのつながりが生まれたりしますよね。
二宮: まさにそうで。これから残っていくのは、AIに置き換えられない“フィジカルな体験”と“共感”。
僕らの役割は、そういう体験や感情の共有が生まれる「場」や「きっかけ」をデザインすることになっていくのかもしれませんね。
礒崎:ほんと、最近のAIの進化ってすごすぎて、ついていくだけでも大変です(笑)。でもフィジカルな価値は、これからもっと重要になっていきそうですね。
二宮:いやもう、本当にすごいですよ。だから僕は、AIにはどんどん頼ったほうがいいと思ってます。AIが全てのデータを分析して、ターゲットに合うアウトプットを出してくれるなんて、人間にはなかなかできないことです。
人間の役割は、最後の“一味”とか“ひと工夫”だけ。そこに自分の感性や経験をちょっと添える。それが今の“人間のクリエイティブ”の立ち位置じゃないですかね。
でもたぶん、2年後には「AIってすごいよね」って話をすること自体が、懐かしい話題になってるかもしれません。
礒崎: この対話も、将来見返したら「そんな時代だったな〜」って思い出す、“魚拓”みたいな記録になったら面白いですね(笑)。

本質を見極める時代へ
AIの進化により、表面的な作業は自動化される一方で、本質的な課題を発見し、解決策を練る人間の洞察力がより重要になってきている。
二宮氏が語る「それって本当に必要でしょうか?」という問いかけも、弊社礒崎が実践する顧客理解を深めるアプローチも、共通するのは表面的な要望に惑わされず、本当に解決すべき課題を見つけ出そうとする姿勢だ。
地方と都市部、デザインとマーケティング。一見異なる分野で活動する二人だが、その根底にあるのは「人の心に響く本質的な価値を創出したい」という想いである。
AI時代だからこそ、人間にしかできない洞察力と共感力が、ますます価値を持つのかもしれない。
NINO INC.について
愛媛県松山市に本社を置くデザインスタジオ。企業や自治体のブランディング、アートフェスティバルやまちづくりにおいて、物事の本質をリサーチし、ジャンルを超えたコミュニケーションデザインで潜在的な魅力を可視化する活動を展開。東京にも拠点を持ち、地方と都市部の両方の視点を活かしたプロジェクトを手がけている。https://ninoinc.jp/

中矢 浩之#デジタルマーケター
総合広告代理店とWEB広告代理店での経験を活かし、統合的なマーケティング戦略設計が強み。BtoB企業や不動産業界を中心に多数の支援実績を持ち、新規事業の立ち上げフェーズから伴走し、ゼロから大きな成果へと導いた実績も。無駄を省いた本質的な施策設計で価値を届ける。